大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決

原告 株式会社興業舎

被告 今治市長

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が旧特別都市計画法により昭和二十六年九月十九日当時訴外東京芝浦電気株式会社所有の今治市大字蔵敷四百五十八番地の一宅地八千九百坪を減歩するに当り減歩地千八百七十七坪の内当該宅地の略々中央部最枢要の箇所で且つ原告所有の浸染工場建物三百五十六坪その他建物の敷地たる千三十三坪六合八勺を包含せしめてなした減歩地決定を取消す。被告が同日右宅地千三十三坪六合八勺を訴外山加染工株式会社に換地予定地として指定した行政処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

被告は旧特別都市計画法により昭和二十六年九月十九日当時訴外東京芝浦電気株式会社(以下東芝会社と略称する)所有の今治市大字蔵敷四百五十八番地の一宅地八千九百坪を区画整理のため減歩するに当りその減歩地千八百七十七坪の内原告所有の浸染工場建物三百五十六坪その他の建物の敷地たる千三十三坪六合八勺(以下本件土地と略称する)を包含せしめて減歩地決定をした。しかしながら本件土地は同市大字蔵敷四百五十八番地の八宅地九百二十坪と略々一致するものであるが、原告はこれにつき昭和二十三年七月二十九日以来訴外東芝会社から買戻権及び賃借権を有しており、その後昭和二十七年二月十九日これを買受け所有するに至つたものであり且つ該地は減歩地千八百七十七坪の内略々中央部最枢要の箇所で且つ地上には原告所有の重要な浸染工場建物三百五十六坪その他建物があつて、数多の浸染用機械を包含し原告が工場として長年継続して使用して来たものである。したがつて被告がなした前記減歩地決定は、決定当時原告の有した買戻権並に賃借権をその後は原告の所有権を不当に侵害した違法の処分である、よつて原告は昭和二十六年十月三十一日愛媛県知事に対し訴願を提出したが未だ裁決がないので利害関係人として該決定の取消を求める。

しかも被告は同日本件減歩地を昭和二十二年四月五日以後何等の権原もなく不法占有している訴外山加染工株式会社(以下山加染工と略称する)に対し(原告は山加染工に対し松山地方裁判所今治支部に同庁昭和二十六年(ワ)第五三号土地建物明渡訴訟を提起しているものである)何等その必要もないのに所有換地予定地として指定したので原告は利害関係人として、該換地予定地指定処分の無効確認を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。

被告の本案前の抗弁に対し、原告がした訴願の申出は昭和二十六年十月三十一日附であり、右訴願は建設大臣宛であつたため、同年十二月二十一日今治市へ回付されたので、原告は同日附を以て県知事宛に提出したところ県知事において期限後ではあるが訴願法第八条第三項により「宥恕すべき事由」があるとされ適法に受理され現在審理中であるから裁判所えの出訴は適法であると述べ、

被告の本案の答弁に対し、原告は本件土地について賃借権の登記はなかつたが、昭和二十六年八月二十日被告に対し賃借権の届出をしたのに拘らず、被告は原告に対し何等の通知をせずして前記減歩地決定及び換地予定地指定処分をしたものである。仮りに前記賃借権の届出をしなかつたとしても原告は昭和二十六年八月二十三日今治市都市計画課の高本課長に口頭及び書面を以て原告の権利を説明してあるから被告は原告が賃借権者であることを知つていたものである。旧特別都市計画法施行令第四十五条の規定は単に昭和二十一年十一月三十日に届出を怠つた場合は施行者である被告今治市長が届出のない賃借人は同法による措置の対象としないとの規定であつて決して賃借人たる原告の地位を抹殺する趣旨ではなく、殊に原告の土地に対する買戻権並に賃借権(後に所有権)及び建物に対する所有権を侵害した以上、被告の前記減歩地の充当及び換地予定地指定の処分により権利を毀損されているから原告の利害関係人たる地位を葬り去るものではなく、原告は本訴を提起する資格がある。被告の本件処分は土地所有者であつた東芝会社とその賃借人たる原告を除外して今治市の高本課長が訴外山加染工と結託してした違法な処分であると陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は「主文同旨」の判決を求め、次のとおり陳述した。本案前の抗弁として原告の減歩地決定取消を求める請求に関しては被告が該決定をしたのは昭和二十六年九月十九日であるところ、これに対し原告が県知事に訴願したのは昭和二十六年十二月二十二日(原告の日附と相違する)であるから右訴願は六十日を経過し不適法であるのみならず該処分のあつた昭和二十六年九月十九日から本訴提起の昭和二十八年七月一日まで明かに一年を経過しているから行政事件訴訟特例法第五条第三項により不適法であるから訴の却下を免れないと述べた。

本案に対する答弁として、原告の請求原因事実中、その主張のように被告が旧特別都市計画法により訴外東芝会社所有の土地から千八百七十七坪(二割一分)を減歩地に決定したこと、及びそのうち本件土地を訴外山加染工に換地予定地として指定する旨の処分をしたこと、並びに日時の点を除き原告が愛媛県知事に訴願の申出をしたことは認めるが、本件土地に原告が買戻権並に賃借権を有しその後所有権を取得したこと、及び原告が訴外山加染工に対し松山地方裁判所今治支部に昭和二十六年(ワ)第五三号土地建物明渡訴訟を提起していることは知らない、その余の原告主張の事実はいづれもこれを争う。

仮りに、原告は本件土地について賃借権を有していたとしても被告が旧特別都市計画法施行令第十条に則り区劃整理施行を告示した昭和二十一年十一月一日から同法施行令第四十五条により一ケ月以内である昭和二十一年十一月三十日までに未登記の賃借権についてその権利の届出をしなければならないのに、原告は何等の届出をしていないし又仮りに原告が訴外東芝会社との間に本件土地を買戻す内約があつたとしても被告において知る由もなく、且つその履行も不確定であつたので、かゝる未届の原告の権利を考慮してまで本件減歩地決定及び換地予定地指定の処分をしなかつたまでゞあつて、原告にその通知をしなかつたとしても本件処分は違法でなく、原告は本件処分についてその不服申立の利益関係人ではない。

次に原告の地上に存在する建物について本件決定当時訴外東芝会社から賃借していたとしても、原告はこれを訴外山加染工に転貸している関係にありその後も本件土地及び建物を占有しているのは訴外山加染工であつて、原告は単に建物の転貸人であるに過ぎない。従て被告は便宜上右土地を使用している山加染工と訴外ハリソン電気株式会社(東芝会社から土地建物を譲受けてー但し当時は登記名義は東芝会社であつたー事業を承継している株式会社)との意見を徴し双方納得の上換地予定地を正規の手続により指定処分したものであつて原告は何等本件土地及び建物の現実の占有者ではないから利害関係人として被告の本件処分を争うことはできない。よつて原告の本訴請求はいづれも理由がないと述べた。

原告の答弁事実中、被告の従来の主張に反する事実はこれを否認すると陳述した。(立証省略)

理由

先づ被告の本案前の抗弁の当否について判断する。

被告が旧特別都市計画法により昭和二十六年九月十九日当時訴外東芝会社所有の今治市大字蔵敷四百五十八番地の一宅地八千九百坪を区劃整理のため減歩するに当り、その減歩地千八百七十七坪のうち、浸染工場建物三百五十六坪その他の建物の敷地たる本件土地を包含せしめて減歩地決定をしたこと、原告が該決定に対し訴願法に基き愛媛県知事に訴願の申立をしたこと(但し訴願の日時については争があるが暫くこれを措く)は当事者間に争がないが、旧特別都市計画法に基く行政処分により権利を侵害された者は旧特別都市計画法第二十六条により準用する都市計画法第二十五条第二十六条によれば訴願と裁判所に対する取消の訴とは併立的に許され、従て本件減歩地決定という被告市長の処分に対しては、県知事に対する訴願と裁判所に対する出訴とは選択的に認められていると解するを相当とするから、訴願の存否またはその適否とは関係なく、権利を侵害されたと称する原告は裁判所へ直接出訴することもできるものと謂うべく、従つて訴願及び出訴期限の経過を理由とする被告の本案前の抗弁は他の主張を判断するまでもなく採用し難い。

よつて原告の本案に関する各請求について判断する。

被告が前記の如く旧特別都市計画法により訴外東芝会社所有の土地から千八百七十七坪(二割一分)を減歩地に決定したこと、及びそのうち本件土地を訴外山加染工に対し換地予定地として指定したことは当事者間に争がない。

(一)  原告は被告の右各処分は本件土地に対する原告の買戻権並に賃借権の存在を無視した違法な処分である旨主張するので按ずるに、成立に争がない甲第七号証の一、二同第九号証の一、二乙第三号証及び証人成松正博の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば本件土地が今治市大字蔵敷四百五十八番地の八宅地九百二十坪と略々一致すること、及び被告の本件土地の減歩地決定及び換地予定地指定処分当時は原告が訴外東芝会社から本件土地を将来買戻す旨の特約をなしていたこと並に該土地を賃借していたことを認めることができる。しかしながら被告が区劃整理を施行すべく告示した日が昭和二十一年十一月一日であり、被告が旧特別都市計画法施行令第四十五条により同日より一ケ月内に未登記権利の届出をなすべき旨の公示をなしたこと並に当時原告は右賃借権及び買戻権についてその登記をしていなかつたことは原告の明かに争わないところであり、証人高本春太郎の証言並に原告代表者本人の供述によれば原告は右届出期間内に被告にその旨を正式に届出なかつたことを認めることができる。

そもそも都市計画という公の性質を帯びる事業の施行に当つては前記施行令第四十五条に則りその施行者は登記のない権利者に権利関係の存否と範囲を明確にするよう届出をする程度の協力を求め、この協力に応じないものには多少の不便を被らしても不当に権利を害したことにはならないとして、土地区劃整理施行者の側からいえば、かゝる者に対しては減歩地決定及び換地予定地の指定のあつたことを通知しなくても違法ではないとしたものである。これを本件についていえば、たとえ原告が本件土地に対し買戻権を有していたとしてもかゝる権利は性質上届出を要する権利に該当しないと解するを相当とするし又原告が賃借権を有していたとしても、その旨の正式の届出のない以上、仮りに被告が該借地権の存在を知つていたとしても被告はかゝる原告に対し前記各処分の通知をしなかつたからとて違法ではなく原告は該処分の効力を争う権利を有しないものと謂うべきである。

(二)  原告は被告のした前記各処分はその地上に存在する原告所有の工場建物を継続して使用してきた原告の権利を無視した違法な処分である旨主張するが、原告代表者本人の供述の一部及び原本の存在並に成立に争のない甲第四号証を綜合すれば該処分当時原告は該地上に主張の如き工場その他の建物を所有していたものではなくて、所有者東芝会社より賃借しこれを訴外山加染工に転貸し同訴外会社が現実に占有していたに過ぎない事実を認め得べく、右認定に反する原告代表者本人の供述の一部は採用できない。

してみれば原告はこの点からしても被告の処分を争い得る利害関係人ということはできないし又仮りに建物につき所有権を有していたとしても同様に解すべきであるから、原告は右無効確認を訴求すべき利益を欠くものである。

よつて、叙上認定に照し原告の本訴請求は爾余の主張に対する判断を俟つまでもなく、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東甲子一 木原繁季 清水嘉明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例